和暦 癸卯

海兎 「アメフラシ」[1]の英名Sea hare[2]は海の兎の意、漢名にも海兎という俗称[3] があるが、耳状の触角は嗅覚の感覚器で惜しいかな耳ではない。 古代ローマの大プリニウス[4]は『博物誌』[5]の第9巻と第32巻でインドの「海ウサギ」にふれている。 第9巻で"ちょっと接触しただけでも、ただちに嘔吐と胃の障害を惹きおこす"といい、また第32巻では"或るひとびとにとっては、飲んだり食ったりすれば毒になるが、別のひとびとにとっては、ただ眺めるだけでも毒になる"といいながら、"雄は海の中でも無害で、たとえ接触しても危険はない"そして"生け捕りにすることはできない" "むしろ人間が毒のような作用をおよぼし、海中で指でふれただけで、これを死なせるにいたる"としている[5]。危険を回避するためには雌雄の判別が必須ということになろうが、あろうことかアメフラシは雌雄同体なのである。頭の方に雄の、背中に雌の生殖器官があり、何個体もがつながって「連鎖交尾」するらしい…
タカラガイ[7]の近縁種にも「ウミウサギ」がいる。漢名は海兔螺または卵梭螺、英名はegg cowry (cowry=タカラガイ) 。和名の由来は江戸時代の本草学者[7]である武蔵石寿[8]の『群分品彙』[9] および『目八譜』[10]による。 楕円球体白磁様の貝殻を西洋は卵といい日本は白兎とみたてたのであるが、海中においては漆黒に煌めく星模様の外套膜[11]で貝殻を覆われているためウサギ感は皆無である。

 ウミウサギ
 (アメフラシ)
 ウミウサギ
 (ウミウサギガイ)

海底では外套膜に貝殻が隠れている


脚注
注釈
1.^アメフラシ 腹足綱後鰓類の無楯類に属する軟体動物。外見上は貝殻は退化しているが背中の外套膜[10]の内部には変形した板状の殻をもつ。
2.^hare ノウサギ。rabitはアナウサギ、またアナウサギを家畜化したカイウサギ(イエウサギ)のこと。
3.^海兎という俗称 学術的には海鹿が使われている。貝原益軒[a]の『大和本草[b]』では海鹿(ウミジカ)で収録するがこれを筑紫の方言としている。
4.^大プリニウス ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(西暦23年 - 79年)。古代ローマの博物学者、政治家、軍人で37巻からなる『博物誌』の著者。ポンペイを壊滅させたヴェスヴィオ山噴火により港町スタビエで死亡。著作は全部で102にも及ぶが、現存するのは『博物誌』のみである。養子にした甥を小プリニウスという。
5.^この文節" "内 澁澤龍彦『私のプリニウス』から引用。
6.^本草学 東アジアで発達した医薬に関する学問。薬草だけでなく薬用の動物や鉱物も含むものであるが江戸時代の『大和本草[b]』以降、農産物や無用の雑草および妖怪の類までも網羅するようになり博物学に拡大された。本草学の書物を本草書という。
7^タカラガイ 貝殻は丸みを帯びて陶磁器のような光沢があり、通貨として利用されていた。そのためタカラガイの象形である漢字の「貝」は財貨の意味をもつ部首になった。
8.^武蔵石壽 1766年(明和3年) - 1861年1月5日(万延元年11月25日)。旗本。還暦に家督を譲ってから本草学に打ち込み貝類図鑑『目八譜』を著す。『目八譜』には「石壽の形(状)…」として殻の形状が説明されており貝殻の意味と思料するも、『大和本草』に石壽の語はなく単に殻のみが使われていることから、貝殻としての石壽は武蔵石壽の造語なのかもしれない。
9.^群分品彙 ぐんぶんひんい。正式には『甲介群分品彙』。605種の貝を分類し、解説を加えた図鑑。
10.^目八譜 『甲介群分品彙』を下敷きに15巻13冊、991種の貝を収録した図鑑。書名は富山藩主前田利保、絵は服部雪斎による。天保14年(1843年)に完成。
11^外套膜 軟体動物にあって内臓の外壁となる、イカでは胴、ホタテガイではヒモと呼ばれる器官。
a ^貝原益軒 1630年12月17日(寛永7年11月14日) - 1714年10月5日(正徳4年8月27日)。江戸時代の本草学者、儒学者。生涯の著作は『養生訓』を始め60部270余巻に及ぶ。
b ^大和本草 貝原益軒が編纂した本草書。中国で出版された『本草綱目[c]』をもとに日本独自の物を加え、日本の本草学を博物学に拡大する礎となる。1709年(宝永7年)刊行。
c .^本草綱目 ほんぞうこうもく。明代の代表的な本草書。李時珍著。52巻。本草1890余種を解説。1596年刊。
参考資料
澁澤龍彦 『私のプリニウス』 青土社、1986年
中村学園大学貝原益軒アーカイブ  巻之十四
西尾市岩瀬文庫六百介品
国立国会図書館デジタルコレクション 目八譜第九巻
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