和暦 壬寅
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 「しゃちほこ」「しゃち」と訓む国字[1]。鯱とは虎頭魚体の霊獣で火事避けのため屋根の両端に飾られた。日本固有のものだが、龍生九子[2]の一つ鴟吻(蚩吻) [3]を原型とし、インド神話のマカラ(摩伽羅)[4]、メソポタミアのスクルマーシュ[5]に源流を求めることができる。同様に屋根の両端に飾られた鴟尾[6]も火事避けの意味を持つ。鴟尾とは鴟吻の尾の意味か。
海獣のシャチはサカマタともいい逆戟、逆叉と表記。海面上の背と背鰭は戟[7](矛戟)、尾鰭は矛叉[8]という武具を髣髴させる。
和漢三才圖會[9]の無鱗魚類[10]「鯨」項には世美[11]、座頭[12]、長須[13]、鰮鯨[14]、眞甲[15]、小鯨[16]を列記のあと「魚虎ナル者有リ其ノ歯鰭劔鉾[17]之如シ」と続く。魚虎には「シャチホコ」のルビが附され「有鱗魚[18]之下ニ詳シ」との注記。さて有鱗魚類中うるめいわし、にしんの次に「魚虎」の項あるものの挿絵は屋根の上にいるほうの鯱。本草綱目[19]から無鱗魚分類の魚虎(土奴魚[20])を引用、△を附し一段下げ、鯨の舌を食う習性など海獣シャチの生態を長々と記しているのが面白い。文末二行で鯱瓦[21]の由来など。因みに魚虎の次の項は人魚である。
ところで国字とは日本で作られた漢字のことで漢籍[22]では用いられない。明末の三才圖會[23]には魚虎の項もなく、踏襲補完した和漢三才圖會でも鯱の項は作れず本草綱目の「魚虎」に加筆された。
なお、魚虎と記す動物は多く、ハリセンボン、アシカ、カワセミなどがある。また虎魚はオコゼと訓む。

脚注
注釈
1.^国字 漢字に倣って日本で作られた字。峠、榊、笹、辻など。特に魚偏の字が多い。
2.^龍生九子 龍の子でどれも龍になれなかった。その中の贔屓はひいきの語源。
3.^鴟吻(しふん) 蚩吻などとも書く。古代は猛禽の尾を持つとされたようだが、唐代には魚の尾になったことから火事避けの霊獣となった。
4.^マカラ ガンジス川の神ガンガーや水の神ヴァルナの乗り物。象やワニの頭の怪魚やワニとライオンの合成獣として表現される。
5.^スクルマーシュ メソポタミア神話のエンキは繁殖と水を司るを表す神であったから山羊と魚が象徴とされのちに合体してスクルマーシュ(大鯉+山羊)の姿となった。
6.^鴟尾(しび) 瓦葺宮殿や仏殿の大棟の両端に取り付けた装飾。沓形ともいう。また鴟吻と同義ともいう。鴟ひと文字の訓はとび、ふくろう。
7.^戟(げき/ほこ) ひっかける戈[a]と突き刺す矛[b]を合体させたもの。ト形のほこ。
  a.^戈(か/ほこ) 棒に垂直に刃がつくほこ。斧や鎌の体で鈍い両刃。振り回して使う。
  b.^矛(ぼう/ほこ) 槍状のほこ。刀身は槍よりかなり大きく鈍い。主に振り回して使う。
8.^矛叉(ぼうさ) 刀先が叉になったY形のほこ。
9.^和漢三才圖會(わかんさんさいずえ) 寺島良安著。105巻81冊。「三才圖會[23]」にならって、和漢古今にわたる事物を天文・人倫・土地・山水・本草など天・人・地の3部に分け、図・漢名・和名などを挙げて漢文で解説。1712年刊。
10.^無鱗魚 うろこがない(とされた)魚。ここではイカ、タコ、エビや海獣も含む。
11.^世美 セミクジラ。
12.^座頭 ザトウクジラ。
13.^長須 ナガスクジラ。
14.^鰮鯨 イワシクジラ。
15.^眞甲 マッコウクジラ。
16.^小鯨 コククジラ、または上記5種及び別項のシャチ、イルカ、スナメリを除いた小型種の総称。
17.^劔鉾(けんぼこ) 矛に錺がついた祭具。神輿渡御の前に巡幸路を祓う。
18.^有鱗魚 うろこをもつ魚。
19.^本草綱目(ほんぞうこうもく) 明代の代表的な本草書
[c]。李時珍著。52巻。本草1890余種を解説。1596年刊。
  c.^本草書 薬草をはじめ薬用になる動植鉱物の説明書。薬用博物図鑑。日本の本草も収録した貝原益軒の大和本草は1709年刊。
    ※大和本草では「鴟尾」をシャチホコとしで霊獣と海獣を解説、「魚虎ヲシヤチホコト訓ズルハ非ナリ」としている。
20.^土奴魚 本草綱目で魚虎は無鱗魚に分類。ハリセンボンとされる。説明文に蝟(原本は獣偏に胃=ハリネズミ)や豪猪(=ヤマアラシ)も登場。ハリセンボンの棘は鱗が変化したものなので鱗はない。
21.^鯱瓦 屋根の大棟の両端に取り付けた魚型装飾。織田信長が安土城天主閣に金鯱を付けたことで普及。
22.^漢籍 中国の書物。漢文で書いた書物。
23.^三才圖會 三才とは天・地・人。転じて宇宙間の万物を指す。天文・地理・人物・動物・植物・器物、その他種々の物を図解して説明した書。106巻。明の王圻の撰。1609年刊。王圻の子思義が続撰。
   ※三才圖會には「鯨」や「龍」の項はあるが、魚虎、鴟尾、鴟吻などシャチに関する項はなく他の項での言及もない。


出典等
・和漢三才図会(中之巻) 国立国会図書館デジタルコレクション
・本草綱目 国立国会図書館デジタルコレクション
・大和本草 鬼火〜日々の迷走
・三才圖會 東京大学三才圖會データベース

参考資料
心朽窩旧館 和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚
心朽窩旧館 和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚
広辞苑第六版  漢語林改訂版  ウィキペディア(Wikipedia)


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